

Rehabilitation
プラスアールは 皆様に 新しいリハビリの形をご提案 いたします。


はじめまして
です。
「リハビリのおかげで、笑顔になれ、長生きができています。」
そんなサービスを必要な方へ届けたい・・・

『プラスアール』
アールはRehabilitation の 頭文字「R」を意味します。
人生にリハビリの時間を増やして(プラスして)いただきたい。
そういった想いで、この名前にさせていただきました。
お年を召される、お身体を悪くされるなどして、施設生活や、ご自宅で行動範囲の制約を余儀なくされた方々におかれましては、身体を動かし、頭を働かせ、活動量を落とさず、活動範囲を広げることが必要となってきます。
現在の日本においては、そういった諸々の問題に対して、医師の指示や機能訓練指導員の下で、リハビリテーションを受けるということに医療保険・介護保険が適応されます。
しかし、一定の条件や病院・介護老人保健施設といった特定の環境以外においては、理学療法士や作業療法士といった専門家による本格的なリハビリが行われておらず、また保険の適応もございません。
そして保険が適応となる療養マッサージなどの類似サービスでリハビリの代わりをしているという現状です・・・。
「リハビリを(もっと)受けたいのに、受けられない。」
「リハビリがあれば、受けるのに・・・」
「理学療法士(作業療法士)の本格的なリハビリが受けたい。」
『プラスアール』は、そんな声にお応えしていくサービスとなります。

はじめまして 上田和毅 と申します。
地元神戸を離れ、東北の地で理学療法士となり14年が経ちます。
これまで、多くの患者様、ご利用者様との素敵な出逢いや大切な思い出がありますが、
その中で、最初の思い出が一つの形として残ることになりました。
<以下原文を転載>
『先生やったから・・・』(隔月刊誌 訪問リハビリテーション 2012年)
「あなたに会えてよかった。」そんなセラピストを本気で目指そうと決めた日。
・・・あれは理学療法士1年目の夏、私が兵庫県西宮市の病院の回復期病棟に勤務しているときの出来事です。私はある40代後半の重度右片麻痺女性患者をT様(以下Tさん)を担当させていただくことになりました。幸い高次脳機能障害はほとんどみられず、コミュニケーションも問題なし、年齢には全く見えず、若く、非常に気さくで丁寧な人柄。お部屋へ送迎の際にごあいさつに伺うと「よろしくお願いします。」と毎回笑顔でおっしゃってくださる。
ただ麻痺は非常に重く、バルーンカテーテルを装着されていました。言葉も表情も全く問題のないTさんが動きにくそうにされるご様子は、当時新人の私にはなにか異様な光景にうつりました。そしてなによりも印象的だったのは自分と同世代の娘様が毎日のようにお見舞いにこられ、回復を切に望まれていたことでした。
もちろん、それまでも真剣に一人一人の患者様と向かい合っていましたが、なにかまた別の感情で、「なんとかこの方を歩けるように、自宅に帰れるようにしてあげたい!」その想い一心で、私は学生時代からバイブルとして教わった脳梗塞片麻痺の治療手技のテキストを片手に毎日その方のリハビリに専念することしました。新人の私には知識や経験はないもの同然、ましてやテクニックなどはほとんど習得できていない。考え方や取り組む姿勢には自信をもっていましたが、そこは体裁など気にせず、リハビリ室のベッドまでそのテキスト持っていき、それを一緒に見ていただき、内容を説明しながら
「この本はアメリカの本翻訳したもので、学生時代から片麻痺の治療には非常にいいと教わってきたんです。Tさんの状態はこのあたりの動作レベルなので、今日はこれを一緒にしてもらいたいんです。」と。
手のリハビリに関しては、担当だった作業療法士の先生ともいろいろと方法を模索しながらのアプローチでした。「とにかくまだ40代、娘さん、旦那さんのこと考えるとまだまだもっとよくなって、なんでもできるようにならないと。歩けるようにならないと。」
学生時代に勉強した「予後予測」という言葉が頭をよぎります。早く的確なアプローチをしないと。
Tさん「そんなんできへんよ~。むちゃくちゃいうね。」
私「これが大事なんですよ!」
笑顔が絶えないリハビリの時間、そして月日が経過していきました。
足首の動きもわずかにできるようになり、軽いプラスチック製の装具をオーダーで作成。歩行練習は進み、結果はT字杖歩行自立まで回復されました。ほんとうにがんばっていただきました。
退院前家屋評価の日、お伺いすると、思っていた以上のオシャレでかわいらしい外観の一戸建て、家の中の家具も食器も置物もTさんのこだわりのものばかりで、一生懸命説明してくださいました。「やっと帰れるんやね。」その一言になんとも言えない感情になりました。
そして簡単な住宅改修を済ませ、明日退院を控えた最後のリハビリ。
「先生、これ、手紙書いてきたんよ。読んでもいい?」覗き込むと「え?それ右手で書かれたんですか?」「うん。先生が一生懸命やってくれてたし、書いてみようと思ってね。」
その手紙は、まだまだ麻痺の残る右手で、そして読めるか読めないか、そんな字で書いてありました。
そして涙ぐみながら一生懸命に読んでくださいました
・・・それは「先生のおかげでよくなれた」・・・
そんな内容でした。
私は時折上を見ながらも、最後まで聴き終えたあと、
「ありがとうございます。でも、まだまだ新人の僕なんかで・・・。もっと先輩の方が担当していたら、もっと綺麗に歩けていたかもしれません。すみませんでした。」と頭を下げました。
するとTさんからはこう言っていただきました。
「先生、頭あげてよ。それは違うと思う。私は先生やったからここまでよくなれたんよ。上田先生じゃなかったらこんなにつらいリハビリ頑張れなかったよ。だから感謝してるねん。ありがとう。」
私は涙をぐっとこらえて挨拶を終えたあと、人目のつなかい部屋へ駆け込んだのを今でも忘れません。
そのとき
『心からありがとうと言ってもらえるセラピストになろう!』
そう決意しました。
この経験を生かし、今現在はそんなセラピストの育成を支援するための活動「ベストライフ」を有志で設立し、自分の周りにいるセラピストはもちろんのこと、より多くのセラピストにその思いを伝えていこうという活動をしております。
「まずは目の前にいらっしゃる一人の患者様のために一生懸命になること。」
経験のない新人セラピストであった私にとって一番必要なことであり、それがなによりも自分のモチベーションにつながったと感じます。
Tさん、お元気でしょうか。あれからもう10年が経とうとしております。できれば直接お会いしてお礼を申し上げたいくらいです。ほんとうにありがとうございました。」
以上です。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
私、上田和毅は、今もこれからも、セラピストとして、この時のこの気持ちを忘れずに目の前の患者様、ご利用者様、クライアント様に接していきます。
そして周りのセラピストにも同じような意識で取り組んでいくように日々伝えています。
つい先日も所属している施設の非常勤勤務のセラピストに
「自分の家族を安心して任せられるセラピストの姿」
を意識するように伝えたばかりです。
正直、自信のないセラピストが増え、自信をつけるために知識や治療テクニックばかりを求めるセラピストは多いです。
ただ、私たちは専門家。プロ。
そんなものはあって当たり前ですし、経験が少ないうちは努力しなければ、熟練者にかなわないのは当たり前です。
なによりも大切なのは
「目の前の患者様に、なんとしてでも力になりたい!」
「自分がやらないと!」
そう使命感を感じ、思えるかどうか。
理学療法士1年目の私が思っていたように・・・
『お客様のために』
どの業界においても最重要課題ですよね。
顧問先の施設からは日々新たなお申し込みを受けております。
ご高齢者にとって、人生におけるリハビリの意味は。。。
今後も、スタッフ一同で精一杯力になりたいと思います。
今後ともよろしくお願いいたします。
